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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)43号 判決

京都市上京区下立売通日暮西入中村町五三〇―一六

原告

橋岡保

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

稲村五男

村井豊明

安保嘉博

京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八

被告

上京税務署長

横田光夫

右指定代理人

竹中邦夫

足立孝和

西田饒

西尾了三

藤島満

岸本卓夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五五年一二月二三日付でした原告の昭和五二年分、五三年分及び五四年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  原告の主張

1  原告は、京都市上京区出水通日暮西入金馬場町の西陣ショッピングセンター内において橋岡漬物店の名で漬物(いわゆる自家漬を含む)小売業を営む者であるが、被告に対し本件係争年分の確定申告をした。

被告は、昭和五五年一二月二三日付けで原告に対し本件更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件処分という)をした。

原告は、本件処分に対し、異議申立及び審査請求をした。

以上の経過と内容は、別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件処分は、左の理由で違法である。

(一) 本件処分の通知書には、その処分理由が附記されていない。

(二) 被告の部下職員は、原告に対する税務調査にあたり、事前通知をしないで原告方に臨場し、調査の理由を開示しなかった。

(三) 本件処分は、上京民主商工会の会員として民商運動に積極的に参加している原告を嫌悪し、上京民主商工会の組織を弱体化させる目的でなされたもので、課税処分権の濫用である。

(四) 被告は、原告の本件係争年分の所得金額を過大に認定した。

3  よって、原告は被告に対し本件処分の取消を求める。

二  被告の答弁

原告主張1の事実は認める。

同2の事実中、本件処分の通知書にその処分理由が附記されていないことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  被告の部下職員は、昭和五五年五月二〇日から五回にわたって原告の店舗に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めた。しかし、原告は、調査に関係のない多数の者を同席させて非協力的態度に終始し、帳簿資料を提示せず、事業内容を説明しなかっただけでなく、同年六月四日には調査担当者を上京税務署前に待ち伏せて同人に傷を負わせ、威力業務妨害、傷害被告事件として起訴されたものである。

被告はやむなく反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をしたのであって、本件処分に手続的瑕疵はない。

2  原告の本件係争年分の所得金額は、別表2記載のとおりであり、これを詳述すれば、次のとおりである。

(一) 原告の本件係争年分の仕入のうち判明しているものは別表3記載のとおりである。なお、原告は係争各年の棚卸を実施しておらず、また、原告の事業内容及び事業規模において著しい変動があったとは認められないから、係争各年の期首と期末の棚卸高を同額とみて、各年分の仕入金額を当該年分の売上原価とした。

(二) 同業者所得率について

被告は、原告の事業所の所在地域及びこれに隣接する地域である上京、左京、右京、中京、下京、東山及び伏見税務署管内の納税者の内から、本件係争年分で次の条件に該当する者を選んだところ、別表4の1ないし3記載のとおりの申告事例を得た。

ア 漬物小売業(自家漬を含む)を営んでいる個人であること。

イ 漬物の他に、味噌、醤油等の調味料を取り扱っていること。

ウ 右以外の事業を兼業していないこと。

エ 店舗は、市場等のように同一敷地内に各業種の店舗が集中している場所に存すること。

オ 売上原価が、六〇〇万円ないし一五〇〇万円であること。

カ 青色申告書を提出していること。

キ 年間を通じ継続して事業を営んでいること。

ク 不服申立又は訴訟係属中でないこと

右同業者は、業種、業態、事業場所、規模などの点で原告の事業と類似性があり、これらの同業者は青色申告納税者であるから、その数値は正確である。従って、右同業者から同業者率を算定し、これを被告に適用することには合理性がある。

3  よって、本件処分は適法であり、原告の主張するような違法はない。

四  原告の反論

1  所得税法二三四条の質問検査権は、納税者の申告に合理的疑いが存する場合に限って例外的に認められるもので、これを行うにあたっては、納税者に事前通知をして調査期日を協議し、調査理由を具体的に開示し、更に、反面調査は本人調査で実額が把握できない場合に限るなどしなければならないところ、被告部下職員は、昭和五五年五月二〇日の午前一〇時ころ事前連絡なく原告店舗に現われ、開店準備で多忙な原告が「急に来られては困る。今は商売の準備中である。都合のよい日に調査に来て欲しい、調査理由はなんですか」と尋ねたにもかかわらず、強権的な調査を開始し、その後も、再三、事前通知なく来店し、調査理由を開示せず、原告が「理由を言ってくれれば応じます」等と述べたにもかかわらず、一方的な反面調査を強行した。本件調査は、違法である。

2  事業所得金額算出についての認否

(一) 売上原価(仕入金額)が別表3記載のとおりであることは認める。

(二) 原告が漬物、味噌、調味料の小売販売業を営んでいることは認めるが、被告主張の同業者原価率及び同業者一般経費率の合理性を争い、売上金額及び一般経費は否認する。原告が営業する西陣ショッピングセンター二八店舗の内には昭和五四年八月頃まで原告と競業する下阪漬物店があり、また、同ショッピングセンターから約五〇〇メートルの地点にはスーパー日商があり、原告の利益率は同業者より低かったものであるが、被告は、かかる原告の特殊性を考慮しておらず、被告主張の同業者は原告と類似していない。

(三) 地代家賃及び事業専従者控除は認める。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  原告が上京区の西陣ショッピングセンター内で漬物(自家漬を含む)小売業を営む本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件処分をしたこと、原告が本件処分に対し異議申立及び審査請求をしたこと、以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  本件処分手続と推計課税の必要性

1  本件処分通知書に理由が附記されていなかったことは当時者間に争いがないところ、所得税法によれば、青色申告書に係る更正については理由を附記しなければならないけれども、いわゆる白色申告書に係る更正処分に理由を附記しなければならないとする規定はなく(同法一五五条二項、一五四条、国税通則法二八条参照)、過少申告加算税賦課決定処分に理由附記をしなければならないとする規定もない(国税通則法六五条参照)から、本件処分に理由附記がないことが違法であるということはできない。

2  原告は、被告の部下職員が、事前通知なく臨場し、調査の理由を開示せず、原告の承諾なしに反面調査をするなどしたから、本件処分は違法であると主張する。

しかし、被告が質問検査権を行使する際の事前通知、具体的調査理由の告知、反面調査など実施細目については実定法上特段の定めがなく、一次的には権限ある担当者の合理的選択に一任しているものと解される。(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁・シュトイエル二六五号二一頁・税務訴訟資料一三三号三五頁参照)ところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告の部下職員が昭和五五年五月二〇日午前一〇時頃に原告店舗を訪れ、昭和五二年から五四年の所得税の調査に来た旨を告けて、帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたのに対し、開店準備で多忙であるから日時を改めて欲しいと要望し、調査日時を同月二三日午後一時と約したにもかかわらず、調査担当者が右日時に調査に赴くや、民商事務局員や同ショッピングセンターの商店主など一二・三名の立会いを求め、調査理由の開示を求めるなどして帳簿書類の提示や事業内容の説明をしなかったことが認められ、調査担当者が右の立会いを拒み、具体的な調査理由を明らかにしなかったことなどが調査の違法事由になると認めるべき特段の事情は認められない。原告の本件係争年分の所得は後に認定するとおりであって、質問検査の必要があったと認められることは言うまでもない。

そうすれば、このように原告が帳簿資料に基づいてその事業内容を説明せず、調査に協力しなかったからには、被告が反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をするのも止むを得ないものがあったと言うべきであって、原告の主張するところは、推計を違法ならしめる事由とはなり得ず、本件処分にこの点での手続的瑕疵はない。

3  原告の主張2三を認めるに足る証拠はない。

三  推計の合理性と所得金額の認定

1  原告が別表3記載のとおりの仕入をしていることは、当事者間に争いがない。

2  同業者所得率について

原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四五年から約二八店舗が集合している西陣ショッピングセンター内にて橋岡漬物店を営み、その妻と共に、漬物(漬物は約三割ないし三割五分が自家漬)、味噌等の調味料などを店頭小売や注文配達をしていることが認められる。

証人工藤敦久の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙二号証、三号証の一ないし四、四号証、五号証の一ないし一〇、六号証、七号証の一ないし七、八号証、九号証の一ないし四並びに同証言によれば、被告が、青色申告をしている漬物小売業者約七五軒の中から、被告主張の基準(売上原価に関する基準は、原告の売上原価の最低額の七〇%から最高額の一三〇%である)で別表4の1ないし3記載のとおり同業者の申告事例を選定したことが認められる。

そうすると、被告が選定した別表4の1ないし3記載の同業者は、その選定基準に照らし、業種、事業場所、営業規模などが原告の事業と類似していると認められ、かつ、無作為に抽出されたもので、青色申告納税者でその数値は正確であると認められるから、これら同業者から同各表記載の売上原価率及び一般経費率を算定し、これを被告に適用することには合理性がある。

3  原告は、本人尋問において、昭和五四年八月頃までは西陣ショッピングセンターに原告と競業する下阪漬物店があり、また、同ショッピングセンターの東側には堀川通りの商店街が、西側には千本通りの商店街が、南側には丸太町にスーパーMG及び他二店が、北側の通りにはスーパーサンフラワー(現在のスーパー北野)があり、昭和五二年頃には約五〇〇メートルの近くにスーパー日商ができ、原告店舗の立地条件が不利であると供述し、且つ、別表4の1ないし3記載の同業者が原告と異なる点として、Aは藤原漬物店(藤原義輝)で、二軒の店を持ち、専従者が四人で、うち一軒のあるフジセンターは比較的小規模の市場で漬物店が他になく、佃煮などの惣菜をも販売しており、Bは「さくらい」(桜本三男)で、二軒の店を持ち、雇人が二名で、うち一軒はスーパーの前の有利な場所であり、Cは松岡漬物店(岩崎吉一)で、他にコンビエンスストア・ローソンをも営み、同店がある円明寺マーケットは団地の中の市場で漬物店が一軒しかなく、Dは富川漬物店(富川保)で、同店がある北山ショッパーズは規模の大きな市場で漬物店が一軒しかなく、Eは三宅漬物店(三宅省平)で、本件係争年ころに営業していた野々神市場は、小規模で、漬物店一軒であり、Gは沢山漬物店(沢山庄次郎)で、二軒の店を持ち、専従者は妻と息子でパートを使ったこともあり、その吉祥院市場も、久世ショッピングセンターも漬物店は一軒であると供述し、これら同業者のように二店舗で営業する場合には、仕入が有利で、商品のロスが少ないから、これら同業者から算定した同業者率を原告に適用することには合理性がないと供述する。

しかし、同業者の営業状況が原告の供述するとおりであると仮定しても、例えば同業者の営業場所が小規模な市場であれば集客力に乏しく、スーパーの前であればスーパー内で同種商品を扱うことがあり、このように売上高あるいは利益率を低める要因と思われる状況もあり、二軒の店を持つ者がいるとしても、既に認定したとおり被告主張の同業者は営業規模(仕入金額)において原告と類似しているのであるから、仕入が有利であるとも、いわゆる商品ロス等について推計を不合理ならしめる程の差異があるとも認め難く、また、一般経費率についても、一店舗の場合の方が二店舗の場合に比してより有利ではないかと思われこそすれ、二軒の店を持つ者のいることが推計を不合理ならしめる事情とは認め難く、更に、事業専従者及び雇人数等の差異が本件推計を不合理ならしめるとも言い難い。西陣ショッピングセンター内に競業する下阪漬物店のあったことが原告にとって有利な状況でなかったことは推測に難くないものの、同ショッピングセンターが二八店舗の大きなものであることは右不利益を減殺し得る事情にあたり、近くに商店街があることも集客力という点で必ずしも不利益な事情ではない。被告主張の同業者は原告の売上原価(仕入金額)の最低額の七〇パーセントから最高額の一三〇パーセントの比較的限定された基準で選定された原告と営業規模の類似する者で、且つ、七軒が選定されており、同規模の同業者の諸事情を平均化したものとして客観性があると認められるから、原告が売上額、経費額など申告所得額の根拠を具体的に主張せず証拠資料を提出しない本件において、被告主張の同業者率を適用して原告の所得を推計するのに不合理な点はないと言うべきである。

4  地代家賃及び事業専従者控除については当事者間に争いがなく、右同業者率に基づいて原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると別表2記載のとおりとなること、計数上明らかである。

三  以上によれば、本件処分は、右に認定した事業所得金額の範囲内であるから、被告が原告の本件係争年分の事業所得金額を過大に認定した違法はない。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 田中恭介 裁判官 榎戸道也)

別表 1

課税処分の経過等

〈省略〉

過少申告加算税の額は、52年分につき7,700円、53年分につき8,400円、54年分につき8,700円である。

別表2

総所得金額の計算

〈省略〉

別表3 仕入金額の明細表

〈省略〉

別表4の1 同業者の売上原価率及び一般経費率

(昭和52年分)

〈省略〉

別表4の2 同業者の売上原価率及び一般経費率

(昭和53年分)

〈省略〉

別表4の3 同業者の売上原価率及び一般経費率

(昭和54年分)

〈省略〉

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